大変、困った。そんなつもりでは無かったのに。

 友人伝いに招待を受けた同窓会は忘年会を兼ねていて、見知った顔もいれば見違えた顔もたくさんいる。そんな彼ら彼女らの、それまでの人生の話を聞くのはとても楽しかった。呪術師として生きることを選んだ私にとって、漫画やドラマでしか見たことがないようなキラキラとした物語たち。大学で素敵な人に出会って来年結婚。娘が三歳になるんだ。課長に不倫相手にされかけてヤバかった。どれもこれもがドラマ性に満ちていて、外で生きるみんなのことが羨ましく思えてきてしまった。私も高専に進まず、一般的な高校に通って就職していれば今頃素敵なパートナーが隣にいて、子供の写真をここで見せびらかしていたりしたのだろうか。

 そんな最中、ずうっと私の隣をキープしている男の子がいた。私と出席番号の近かった男の子。大人しそうだった外見は派手な茶髪とグレー系カラコンによって別人へと塗り替わり、前のめりに話しかけてくる仕草もあの頃の彼とは完全に見違えている。語る話は自慢話ばかり。ああこれは面倒くさい気配がするな、と察知し始めていた二十二時頃。遂に彼から「連絡先を教えて欲しい」「どの辺に住んでるの」「一緒にどこかで飲み直さない?」の三点セットを同時にぶつけられた。丁重にお断りしても「なんで、どうして」と聞く耳を持たない。変に付いて来られても困るなと思った私は、伊地知くんに迎えに来て貰おうとラインを開いて『迎えに来てください』という短いメッセージに、店の名前を添えて。

 うっかり、高専東京校のグループラインに送った。

 まあこのグループにも伊地知くんはいるし、いっか。そう思ってスマホを閉じて待つこと三十分。隣の男が私の肩を抱き始めた頃、お店のドアが開いていらっしゃいませという声が掛かった。女性陣がざわつく。有名人でも入店してきたかと顔を上げれば、そこにはすらりとした高身長のイケメンが――ふたり、並び立っていた。学生時代から厭と言うほど眺めてきた、白と黒。

!」

 切れ長の目が私を捉え、よく通る声で私の名前を呼ぶ。周囲のテーブルがどよめく。

「え?どこ?…あ、いたいた。ー!」

 ご丁寧なことにサングラスを外している青い瞳の男もまた、非常にわざとらしく私の名前を呼んだ。視線が集まる。隣の男からは、呼吸音すら聞こえない。

「やあ、お迎えに来たよ」
「なんだ、酔ってんのかと思ったら元気じゃん」

 呪術界が誇る現役最強の特級術師が二名。夏油傑と五条悟が、揃って私のことを迎えに来てしまった。なんで。なんでだ。師走の名の通り今月は多忙な筈ではなかったか、二人とも。しかも仕事着ではなくしっかりとお洒落な服装を選んで来ているのが余計に分からない。なぜ気合を入れて来ているのか。

「…あ、あのう、お二人は…」

 この会の幹事を務めている学級委員長だった子が、恐る恐る悟と傑に問いかける。二人は目配せすると頷き合い、学級委員長を見下ろすと真顔のままで同時に言い放つ。

「「カレシです」」
「そんな訳あるか!」

 綺麗なハミングにツッコミが抑えられなかった。人の同窓会で悪ノリして私の旧友たちからのイメージを勝手に歪めていくのやめて欲しい。ほら早速どこかからウィズ・ビーじゃんって呟き声が聞こえた。誰がブルゾンちえみか。決して、あの二人をいつも両際に侍らせてる訳ではない。
 不意に、傑の瞳がすうっと氷の如き冷たさになり、切っ先をめり込ませていくようにして私の隣の男を見遣った。男は、大人しく私の肩から腕をゆっくりと下ろす。傑はその動作を見届けると、にこっ、と微笑んだ。

「うちのひとが面倒かけたかな。悪いね」
「ワンチャンヤレると思ったんでしょ」

 下心があった訳じゃあるまいね?と圧を掛けながら遠回しに牽制しようとした傑の配慮を、悟のあけすけな言葉選びが台無しにする。いつの間にか私の後ろにまでずかずか歩いて来ていた悟が、その長い腕で私の椅子から鞄を掬って持ち上げた。

「他に鞄とかある?コート忘れないでね、すっごく寒いよー外」

 そうやって急かされては席を立たざるを得ない。会費を、と思ったときには傑が既に学級委員長に紙幣を手渡していて、外套を纏ってしまえばあとはもう、ここを足早に立ち去るしかなくなった。店中からの好奇の視線がすごい。彼氏を自称する高身長イケメン二人がこんなスマートに女の子を迎えに来たとなればそれも仕方ないだろう。私だって凝視する。

「じゃ、じゃあまた…えっと…良いお年を…」

 私は色々と訊きたそうな彼ら彼女らに向けて小さく手を振り、未だぽかんとするその場の空気を置き去りにして店の外へと出た。暖簾をくぐり、口々に「お邪魔しました」と言いながら私に続いて店を後にする顔だけは良い男たちのことを見上げ、むすりと口角を下げる。がらがら、ぴしゃん。悟が後ろ手にドアを閉めるのを見届けてから、傑がくつくつと喉の奥で笑った。いや、笑ってる場合じゃない。

「…で。なんでおふたりがここに?」
「なんで?同窓会に出席してるオマエを迎えに来て彼氏面するとかいう超楽しそうなイベントをこの僕が見過ごすと思ったの?ねえ、傑」
「貴重な経験ができて良かったよ」
「……二人がすっごい暇だったことだけは分かった」

 愉快犯でしかない悪質な二人に挟まれて、夜露に濡れたアスファルトの上を歩き出す。悟に忠告された通り、お店に入った頃よりもうんと気温が下がっている。冷たくなった空気に頬と首筋を冷やされ、思わず身震いをすると首筋に暖かい布が下りて来た。香りで分かる。それは、傑の巻いていたマフラーだった。

「私は非番だったから。仕事を放り出して来たそこの特級術師とは違うよ」
「放り出してねーっつの。終わらせてきたよ、音速で。僕とーっても有能な特級術師だからね」

 大人しくマフラーを巻き付けられていると、悟が軽い調子で喋りながら肩でぐいぐいと私を押し込んでくる。傑との間に挟まれ「歩きにくい」と声を漏らせば、悟が「寒いんでしょ」と呟いた。ふと、店を出るときに皆から向けられた視線のことを思い出す。少し羨ましそうだった。やはり、隣の芝は永遠に青いのだ。

* * * * *

『迎えに来てください』

 天啓かと思った。同窓会に行ってきますと嬉しそうに言うを、行かないで欲しいという気持ちを燻ぶらせたままで見送って心臓がそろそろ灰になるだろうという頃にコレだ。処理中だった書類をテーブルの上に放置して、最優先事項となった“のお迎え”を遂行すべくソファから腰を持ち上げる。買い出しのためにシャワーを浴びておいて良かった。着替えるのは仕事着…ではない。攻撃力は高い方が良い。同窓会で彼女に少しでも邪な感情を抱いた男を、黙らせられる装いにしよう。
 クローゼットへと身体を傾けかけた瞬間、インターフォンが鳴った。続けて二度目、三度目…四度目。こんなにもインターフォンに過労を強いる知り合いを、私は一人しか知らない。玄関モニターの液晶は敢えて確認せず、玄関へと向かう。チェーンも外して、扉を開く。そこにはやはり、親友の姿があった。

「傑、行くでしょ」

 すっ、と差し出されたスマホには『迎えに来てください』の表示。想う女が同じであれば、考えることも同じだった。私は深々と溜息を吐きながらも、珍しく少し息を切らした悟を自宅の中へと招き入れる。

「…悟。仕事はどうしたんだ」
「終わらせてきたに決まってんじゃん」
「この一瞬で?」
「そう、この一瞬で。風呂借りるよ、その店ならここから近いよね」

 靴を脱ぎ、まるで自宅にいるかのように迷いなく浴室へと向かうその白い頭は、私を振り返ると目隠しを取り払ってニンマリ笑った。

「抜け駆けできると思った? 甘ェーよ」

 その言葉を最後に、浴室のドアがぴしゃんを音を立てて閉められた。私は玄関ドアを閉め、鍵をかけながら、唇の端が勝手に笑っていることを自覚する。確かに、悟ならば今日は仕事の筈だから、と一瞬思った私がいた。今日なら誰の邪魔立てもなく、を独占できるかもしれないと思った。

「…儘ならないな」

 胸中が消化しきれない悔しさと、悟とは本気で争いたくない自分がこの状況に安堵する感覚とで綯い交ぜになる。せめて彼女が私に直接『迎えに来て』と言ってくれるようになればいいんだけどな。まあそれも、私次第か。

 伊地知には『私が行きます』と連絡を入れ、髪型を整えようと髪に指を通す。けれどいつか下ろしてる方が好きだと言われたことを思い出し、ハーフアップにしようと指の動きを変える。香水はあまり付ける方ではなかったが、彼女が「傑の匂いだ」と呟いてからは止めるに止められなくなった。…まったく、一から百まで罪作りなひとだ。

迎えに来る二人組

(譲ってなんか)(やるものか)
2021.08.14