「僕ら、デートしてるみたいじゃん」

 急に思いついた!って顔で喋り出すものだから何か手掛かりでも見つけたのかと思えば、任務にも呪霊にも一ミクロンも関係のない内容すぎて私はスタバのキャラメルマキアート(ショット追加)を吹き出してしまうところだった。口に含んだほろ苦いそれをちゃんと飲み込んでから隣に座る高身長の男を見上げる。身長差の割に、五条さんの顔は思っていたよりも近くにあった。それだけ足が長いってことですか。なるほど。

は僕とデートできて嬉しいよね?そっかそれは良かった!」
「どうすればそんな風に見えますか」

 フラペチーノと呼ばれる糖分と生クリームの集合体を片手に、五条さんは明るい調子で私の訝しげな顔を無視してくる。目隠しの下で彼の眼窩の辺りが少しだけ動いて、目を細めたのだろうなということが分かった。揶揄われている。文字通りに気を悪くした私はぶんと勢いよく彼から顔を背けて、正面の大きなガラス窓へと目を遣った。

 表通りに面したカウンター席を選んだ私達は、こうして甘いものを摂取しながら道行く人々を観察している。都会の片隅。黄昏時。このあたりでは時折、ひとが消えるのだそうだ。SNSで噂になるくらいだから被害人数は表面化している人数よりも、もっと多いのかも知れない。散歩ついでにちょっと様子見に行こっかーなんて五条さんに軽いノリで誘われ、互いに私服でふらっと現場に来てみたものの。哀しきかな職業病。かなり本気で調査を行ってしまい、私は貴重な休日を職務に溶かしたのだった。

 暗くなり始めた外の景色に、私と五条悟が並んで映り込む。鏡面のようになったガラス越しに、大きな手がひらひらと私へと振られた。

「…普通に話しかけてくださいよ」
「だってってば暗い顔してんだもん。そんなに僕と一緒は厭?」

 厭、ではない。けれどわざとらしく拗ねた声音に素直なことを応えるのも癪で、私は手元のカップを見下ろした。口紅で僅かに汚れた飲み口。五条さんと二人きりでお出かけだからと、お気に入りの口紅を選んでしまった私はこの場の誰よりも浮かれている。

「…彼氏が目隠し着用趣味だと思われるのはイヤですね」
「ええー…」

 そこなの?と少し笑いを含んだ声で、五条さんが言う。まあ、最初に五条さんを見たときにその目隠しにカルチャーショックを受けたのは本当だ。だからといって、別に隣の男が目隠しをしているから恥ずかしいとは最早思わないけれど。何か、チクッと嫌味を言ってやりたかった。それだけだった。

「仕方ないなあ、わがままなんだから」

 なので五条さんがそんな反応をするとは予想しておらず、私は面食らってしまい、手際良く目隠しを外す彼のことを止めることもできずただただ見つめるばかりだった。白銀の睫毛に覆われた大きめの眼が露わになって、真っ青な瞳がオレンジ色の店内照明でうるりと輝く。長い指がアウターの胸ポケットからサングラスを取り出して、手慣れた仕草で耳に掛ける。

「ほい。こんだけイケメンなら文句ないでしょ」

 にっ、と強気に笑うその表情が。優しく細められたその目元までも先程よりもありありと観察できてしまって、私は言葉を失う。いや、素顔を見たことはある。あるんだけど、それが私のために披露されたことはない。期待させないで欲しいと後ろを向いていた恋心の後頭部が力強く殴打され、向き合わざるを得なくなった。腹立たしいほど、この人のことが好きだ。

 私の頬はたぶん、赤いのだと思う。五条さんは私の表情をじいと見たあと、満足げに頷いて席を立った。私も慌てて立ち上がろうとしたけれど、大きな掌が肩に触れてそれを阻止する。振り返った先、至近距離に白銀の前髪。

「二秒で片付けてくるから、食べたいもん考えといて」

 至近距離でわざわざ私の顔を覗き込んでそう言うあたり、この男は恐らく私の気持ちに気が付いている。片付けてくる、とは恐らくいま微弱に呪力を発した、私たちが一日かけて追っていた呪霊のことだろう。フラペチーノ片手に出て行ったその背中を腹立たしい思いで見送るけれど、あの男は呪術師界最強であるからして、本当に二秒で片付けて帰ってくるだろうなと思ってしまった。

 食べたいもん、考えといて、かあ。任務後のそれは多分普通にデートだ。暴れ始めた心臓を落ち着けるべく、生温いコーヒーを口に運ぶ。彼が戻るまで、あと、一秒。

フラペチーノとマキアート

(…で、なに食べたいか決まった?)
2020.11.10