なに飲んでんだ? と訊かれた私は、飲んでみてもらった方が早いなと思って普通にジュースのストローを切島へと差し向けた。切島は私に話しかけたときの笑顔のまま、ビク、と僅かに身体を震わせる。その様子を見ていた瀬呂が、頬張ったポテトを吹き出しそうになって顔を俯けた。そしてそのお向かいでは上鳴が堪えきれずにコーラを吹き出し、隣の爆豪から「汚ェ!! 死ね!!」と必要以上の罵りを受けている。

「あー……気持ちだけもらっとく……」

 蚊の鳴くような声で私のジュースを遠慮しつつ、切島の顔が彼の髪そっくりの赤色へと変化していくのを見て、私はやっと自分の配慮の至らなさに気が付いた。あ、そっか、このままじゃこれ……。

「アンタそういうとこあるよ」
「ドンマイ!」
「逆に今のは切島に男気が足りなかった説もあるね」
「男気関係ねェだろ!!」

 私の隣でスマホを触りながら耳郎ちゃんが私を咎め、葉隠ちゃんがバーガーを齧りつつ私を励まし、その向こうから芦戸ちゃんが切島を揶揄った。切島の反論を聞いた瀬呂がイヒヒッなんて悪い笑い方をしつつ私を見るので、私は視線を手元のジュースへと逃がす。危なかった。これ、切島がうっかり飲んじゃったりしてたら今の百倍くらいの祭りになっていたに違いない。なぜか私の正面で切島と同じくらい顔を赤くしている緑谷くんの向こうから、別テーブルへと分けられた――人数の都合でどうにもならなかった――飯田くんがわざわざ席を立ち、ビシ! と私に手刀でも食らわすような勢いで揃えた指先を向けた。その隣に座っている峰田が勢いに驚き、肩をビクつかせている。

「交際前の男女に間接キスなどあってはならないぞ!」
「わーかってるっての! いちいち言うな!」

 顔を更に赤くした切島が私の代わりに飯田くんの方を振り返り、声を荒げた。ならば良し! みたいな顔をして席についた飯田くんの背中を見送ったあと、切島が「ったく……」なんて小さく呟きつつ身体を正面に戻すついでに。私の目に、ちら、と目配せをした。私はその一瞬の視線の交わりで全てを受信し、小さく小さく頷いた。うん。大丈夫。

「は? そいつら付き合ってるだろ」

 落ち着きかけた場を乱す、火矢の如き一撃。一瞬、ふーん、みたいな空気になったあと、A組全員が一旦食事を放棄して峰田の方をバッ!と注視した。峰田は椅子に横座りをし、脚を組みながら優雅な仕草でてりやきバーガーを食している。

「え? うそ? え?」

 峰田の向こうの席で、お茶子ちゃんが語彙を失っている。峰田は皆の様子に逆に驚いたようで、バーガーを口元から遠ざけると目を見開いた。私と切島も、目を見開いた。頼む峰田。余計なこと言うな峰田。その口を閉じて、気のせいだったわって言え峰田。

「お前ら気付いてなかったのか!? だっての足首のミサンガと切島の携帯についてるミサンガ、お揃いじゃねーか!」

 その通りだった。図星だった。図星すぎて私も切島も、唇を噛み締めて真っ赤な顔を隠すように俯くことしか出来なかった。全身に全方向からの視線が突き刺さる。もう、これは、誤魔化しようがない。私たちの沈黙を肯定と解釈したみんなが、一拍の沈黙を経て思い思いの叫び声を上げた。

「えー!!」
「うそ!! 聞いてないよ!?」
「いつ!? いつから!?」
「なんで俺に言ってくんなかった!?」

 上鳴が切島に掴みかかっている。その様子を見上げていたら、その向こうで爆豪が深々と溜息を吐いているのに気が付いた。たぶん爆豪だけは知ってたんだろうな、私たちのこと。切島が喋ったのかどうかは分からないけれど。
 私も隣の耳郎ちゃんに掴みかかられて揺さぶられ、ぐるぐるする視界の中で何から説明すべきだろうかと思考した。あーあ、遂にやってしまった。皆に秘密にするからには、恋人っぽい接触は皆の前では一切しないように! と誓いあったのに。訓練疲れからかぼーっとしていて、思わず二人でいる時のようにジュースを切島へと差し出してしまった。まさにあれが運の尽きだった。

「間接以上のチューもしてんだろ!?」

 テンション爆上げの瀬呂が切島の肩に腕を回した。これ以上ないほど真っ赤になった切島がテンパって「まだだわ!!」とか言うので、私は遂に両手で顔を覆う羽目になる。さっきまでジュースを握り締めていたお蔭さまで掌の内側がひんやりして気持ちいいことだけが、唯一の救いだった。

気管の奥まで甘たるい

(あのテーブル超楽しそうだな……)
2021.11.04