「俺は君に出逢うべきじゃなかったのかも知れない」

 ひどく唐突に、綱吉はそう言った。
 それがとても静かな声だったものだから、わたしはそれがテレビの雑音に埋もれて消えてしまわないようにリモコンを操作してテレビを消音設定にする。私にとってはどこかの国のテロで何千人が死んだとかそんなニュースより、綱吉の何気ない一言の方がずっとずっと大事で重要なのだ。
 綱吉は昔からそうだ。何も考えてなさそうな可愛いお顔をしておきながら、たまにぽろりと叙情的なことを発言したりする。その一言が周りにどれだけの影響を及ぼしているかも知らずに。
 それは今も然り。出逢わなきゃよかった、ってどういうことなの。

「……綱吉?」
「あ、ごめん。…混乱してるね」
「…そんな楽しげに言われても」


 綱吉はわたしの眉間の皺すら愉快なようで、声を出さずに笑った。くすくす。少し前までは大人びて見えたその仕草も、今ではよく似合ってしまっている。むしろ似合いすぎていて、見ているこちらは笑えない。
 わざとらしく綱吉が溜め息を吐いて、一層深くソファに身を沈める。困ったように下げられた眉尻はあの頃のダメ綱そのものだ。

「弱みは多いより少ない方がいいだろ?」

 それだけ言って綱吉は口を閉ざした。その沈黙は息継ぎにしては長い。…え?今ので察しろってことですかボス!無茶言わないでくださいよ!
 無難に「はぁ、」とだけ相槌を打って、わたしは根気よく綱吉の言葉の続きを待った。綱吉はぼんやりと、無声映画のように淡々と流れるニュース映像を眺めている。

「…詳しい説明を請います」
「不安になるんだ」


 わたしが沈黙に耐えきれなくなるのを分かっていたみたいなタイミングで、綱吉がはっきりと言った。

「それも、きっと俺一人の気持ちじゃ解消しきれないような不安」

 付け足すように言ってから、綱吉は大きな目を軽く細める。そのままわたしに視線を遣って、ちょっとだけ唇の角が持ち上げた。なんか、その顔、すごいマフィアっぽい。

「もっとも、が黙って首輪とか着けられてくれるなら…問題ないんだけど」

 うっわあ!いつの間にやら言うことまでマフィアっぽくなっちゃって…!しかも何やら本気っぽい雰囲気が恐ろしくて、わたしは見開いた目で綱吉を見つめた。意地悪な色を潜めた綺麗な薄茶の瞳孔の奥に、彼の本音は見えそうもない。
 けれど綱吉のそんな表情は、わたしがまばたきをひとつする間に魔法のようにふにゃりと崩れた。

「じょうだん」
「………」


 …この子にこんな意地悪を教えたのは誰ですか。グッジョブすぎるでしょ…。ただでさえギャップに定評のあるこの子が意地悪なんて身につけたら、ただのアイドルの完成だ。

「さすがに首輪はイヤだよな」
「…何を分かりきったことを」


 呆れたように返すと、綱吉は声を出して笑った。綱吉さん、笑いどころじゃないって。わたしは人間なので、首輪なんて着けられるのは勘弁願いたいんですよ分かりますかそこんとこ。訝しむような目で綱吉の笑い顔を見ていると、不意に綱吉がにっこりと笑む。

「でも視線にぐらい気付いてくれなきゃ」

 視線?なんのこと、だろう。綱吉の言葉に思い当たる節がなくて、思わず首を傾げてしまう。綱吉は笑みもそのままに言葉を続ける。

「こんなにも鈍いが暗殺者に狙われたらと思うと、気が気じゃないよ」

 そこで漸く、わたしは綱吉の言わんとしていることが理解できた。なんて幼いんだろう。だのにどこか皮肉っぽい物言いは、きっとリボーンに似たんだ。そう確信しながら、わたしはテレビ画面へと視線を向けた。

「…テレビばっかり観てないで構ってよ!って素直に言えばよかったのに」

 音声のない報道番組の内容は、世界各地の株価の話になっていた。これを眺めるわたしの後頭部を綱吉が必死に見つめていたと思うと、少し可笑しい。声を押さえた筈の笑いは、肩の震えでバレてしまった。綱吉がテレビの電源をぷちりと落とす。変わらぬ静寂が降りてくる。リモコンをテーブルの上に投げてから、綱吉が言い訳でもするように困った顔をした。

「難しいことは苦手なんだ」

 知ってるよ。
そう言う前に綱吉がわたしの手を引くものだから、わたしは素直に黙ることにした。柔らかいソファは二人分の体重に悲鳴をあげるように軋んだ。



きみのてのひらで溺死




(淑女の吐息さま(携帯サイト)に送りつけたので短めです!初めて携帯でお話書いた…!)
(こんな計算高いツナは嫌だ。(!)シンちゃん10万打おめでとうございました!だいすきだぜ!//2009.09.19//ソラオ)