「好きだ、っつったらオマエどんな顔する?」

 手の中にあった分厚いハードカバーの本が、どさりと音を立ててフローリングの床に落ちた。なんともベタなリアクションで申し訳ない、でもこれで私の動揺具合は察してもらえるだろうか。床にどっしりと寝転がった本を一度見下ろしてから、それを拾うことも忘れて肩越しにそっと声の主を振り返る。彼はソファの上でだらしなくうつ伏せに寝転がり、両手を重ねた上に顎を乗せてニヤニヤしながらこちらを見ていた。足はパタパタと泳いでいて、その動作が可愛らしくて、まるで恋する乙女のように見える。…こんな変態臭い笑み方をするようなモノまで、乙女と呼ぶかどうかは定かじゃないけれど。

「…おー、アホ面。もうちょっと可愛い反応できねーのかよ。顔赤らめるとかさ?私も!とか言ってキスくれるとかさ?」
「……じゃあもうちょっと可愛い言い回ししてくれる?その笑顔もマイナス点」


 銀時がリアクションのハードルを上げて来るものだから、とりあえずキツめの言葉で一蹴しておく。顔を赤らめることは出来なくもないけど、後者はムリだ、絶対にムリだ、土方が甘党に寝返るくらいムリな話だ。ちょっと不満そうな顔になった銀時の表情を見てから、前に向き直って本を拾おうとしゃがみ込む。

「…愛してるぜ、。世界中の誰よりも」
「胡散臭っ!」


 恐らく渾身の甘い声で言われただろう愛の台詞に咄嗟にツッコんでしまったのは他でもない、日頃の身の回りの環境のせいだ。言ってから、しまった!と思ったけれど時すでに遅し。恐る恐る振り返ると、そこにはさっきの数倍不機嫌になった銀時がいた。不機嫌の余りか、彼の銀色の髪がうねって見える。ああ、それはいつものことだっけ。

「…ごめん、つい、本音が」
「………」


 ちょっと頭を下げてみるけど、謝るつもりがむしろ地雷を踏んだらしい。銀時の綺麗な形をした眉がきゅっと寄せられ、眉間に皺を形作る。居た堪れなくなった私は状況を打開するよりも逃げるが吉と踏んで、さっさと本を拾ってここから逃げ出すことにした。本に腕を伸ばす。本が半身だけ持ち上がる。



 どさり。再び本と床がご挨拶。ごめんね、本。だって銀時の私を呼ぶ声がとてもとても鋭かったんだもの。怖いじゃないか、そりゃ本だって取り落としもするじゃないか。でも、呼ばれたからには反応せざるを得ない。ぎしぎしと首の軋む音が聞こえそうなほどぎこちなく、背後の銀時の方を向く。銀時は寝転がっていたその身を起こして、ソファの背もたれに肘をかけた姿勢でこちらを見下ろしていた。寝転がっていた為に肌蹴た胸元には程好い筋肉と浮き出た鎖骨。女性の肩を抱くかのように背もたれに回されたたくましい腕。こちらを見下ろすその目には何とも言えぬ鋭い光が差して、形の良い唇には笑みが乗せられている。…待って。エロい。座ってるだけなのに、エロい。

「そこまで言うなら、見本を示してもらおうじゃねーか」

 目のやり場に困っていると、銀時はそう言って笑みを深めた。見本以前に直視が出来ないので、その全身から溢れ出して止まぬフェロモンをどうにかして頂きたい。ただでさえ日頃からひっそりと銀時のことを好いている私には刺激が強すぎて仕様が無い。そもそもそんな告白用の文句なんて誰の為に使う気なのよ?私の知らないところでさっきみたいな甘い声を、誰に対して発する気なのよ?ああ、なんか、苛々してきた。このテンパめ、私の気も知らないで!

「…見本も何も…言葉より行動で示した方が早いよ。得意でしょ?そういうの」
「一理あるな…。でもそれにもやりようってモンがあるだろ?ちょっと俺にやってみ、その行動とやらを」
「出来る訳ないでしょ!言葉にだって出来ないよ、そんな恥ずかしいこと」
「まぁまぁ。百聞は一見に如かずって言うだろ?固ぇこと言うなよ」


 ちょいちょい、と銀時が手招きをする。私は即座に首を横に振る。ムリ、ムリ、絶対にムリ!死んじゃうよね!そんな近距離戦とか勝てる気がしないよね!けれど銀時の目に私をからかうような気配が見つけられず、手招きバーサス首振りは私の粘り負けに終った。仕方なく立ち上がって銀時の元へと歩み寄る。…どうしろって言うの。

「それで?どうしたらいい?」

 低く掠れた声で囁くように言いながら、銀時の大きな手が私の手首をそっと握る。今まで寝てたせいで、その掌はひどく熱を持っていた。その熱がそのまま伝導してきたみたいに私の頬まで熱を宿すけれど、うつむいて誤魔化すことにする。銀時に覗き込まれることで、その抵抗は意味を為さなくなるのだけれど。こうなったら後は野となれ山となれ、だ。普通告白する相手本人にこんなことは聞かないし、私の失恋は決定したに等しい。私はアドバイスをさっさとしてしまって、自宅のベッドで泣き散らした挙句にはお妙ちゃんのところに行って愚痴ろう。銀時なんかお妙ちゃんに蹴られてしまえばいい。
 ぐ、と唇を一度閉じてから、意を決したようにそっと開く。銀時は、その唇の動きを読むように唇ばかりを見ていた。

「…出来ないから言うけど。押し倒して、愛してるって囁いて、キスのひとつでも降らせれば誰だって堕ちると思う」

 あーついに言っちゃったね私!お疲れさま、よく頑張ったよ!自分を精一杯殴り飛ばしてから抱きしめたい気持ちに駆られながら、役目を果たした唇を閉じた。すると銀時は待ってましたとばかりの悪い顔。あれ?反応おかしくない?

「へーえ?ちゃんってばそういうゴーインなのが趣味?そうと知ってりゃ話は早ぇのによー」

 言われた言葉の内容を疑問に思うよりも速く、私の腕が急激に引かれてしまう。回る視界、浮遊感、背中に衝撃、その後、目前に銀時。掴まれた手首はそのままソファに縫い付けられている。銀時の向こうには見慣れた万屋の天井と古ぼけた蛍光灯。状況を理解するのと本能が危険を察知するのと顔が異常なほどの熱を持つのは、どれもほぼ同時のことだった。

「…っぎゃ…!!待って銀時!私ここまで見本になるつもりないからね!?」

 唯一自由な左手で銀時の肩を押し返す。ぴくりとも動かないそのたくましく厚い肩に尚更男性を感じて恥ずかしくなる。心音が激しくなりすぎて、鼓膜の裏側までもがどくどくと音を立て始める。でも、その左手にさえも銀時の指が絡んだ瞬間に心臓が一際大きく震えて鼓動を止めた、気がした。銀時がさっきみたいな誘発的な笑みを浮かべる。

「俺だってオマエにそこまで頼みゃしねーよ。ここからは、本番だ」

 銀時の唇が一層妖艶な弧を描いて、さっきの私のレクチャー通りに動く。「あいしてる」。頭の奥に手を突っ込まれて揺さぶられたみたいに、頭がくらくらした。やばい、死にそう。既に堕ちてる相手にこの手法は致命的なダメージを与えすぎてしまうらしいことに今気が付いた。その辺のことも、後で教えてあげよう。きっと銀時は面白がって何度もコレを繰り返すのだろうけど。
 そっと唇に降りてくる体温を感じながら、拾い忘れた本の存在を不意に思い出した。本は未だ、ぼってりと床に寝転んだままだ。ごめんね、本。床は冷たいよね。でも、もう少しだけ待っていて。



悪いことは口授で教えて


(tokiさまリクの「意地悪ツンデレな銀時」でした。ツン…デレ…?)
(相互記念に、tokiさまへフォーユー!相互ありがとうございます!//2009.02.04//ソラオ)