ふかふかのカップケーキは程好いキツネ色。まぐっ、と一口かじれば柔らかな甘さが口いっぱいに広がって、ふわふわと幸せな心地になった。なにこれ、おいしすぎる、普通にお店で売っててもいいレベルだよ。飲み込むのを待てずにもう一口かじる。これを作った当人は涼やかな顔…というか何も考えて無さそうな顔でしばらくそうして消費されていくカップケーキをぼんやりと見守っていたけれど、ふと思い出したように手に持っている袋の中を覗き込んだ。視線でカップケーキの残量を数えてる。鈴木や佐藤にだいぶ持っていかれてたけど、一応平介本人が食べるぶんも残っているようだ。
 そんな平介の顔と、手元のカップケーキを見比べるようにして眺めてみる。
 こんなに可愛くておいしいお菓子がこいつの手によって生み出されてるなんて、信じられない。

「ホントにあんたの器用さって…どういうことなの…」
「どういうことって…逆にどういうことなの…」

 平介はちょっと呆れてるような顔でわたしの言葉をオウム返しした。どういうことも何も、わたしはアンタの器用っぷりが訳わかんないんだし。そう尋ね返されても答えようが無い。これ、本当に平介が作ってるのかな。平介のお母さんが作ってくれてるんじゃないのかな。なんだか手元のカップケーキが疑わしくなって、部分的にかじられてボコボコになったそれをじっと見つめる。平介はそんなわたしに首を傾げる。

「なに?おいしくなかった?」
「……悔しいぐらいおいしい、です」
「そんなら良かった」

 素直に答えると、平介も意外と素直に嬉しそうな顔をした。ちょっとぼんやりしてるのはいつものことなんだけど、それに少しだけ明るみが差す。唇の端が持ち上がる。そんな安堵してるような、上機嫌な顔を見せられてしまってはやっぱりコレは平介の手作りなんだと納得せざるを得ない。…得ないん、だけど。どうにも納得がいかない気持ちで、わたしはまたカップケーキにかぶりつく。おいしい。…何度食べてみてもやっぱり、すっごく、おいしい。

「そんな複雑なカオして食べるもんじゃないでしょ」

 どうやら考えてることが思いっきり表情に出てしまっていたらしい。平介が机に頬杖を突きながらからかうようにそうツッコむ。なのでわたしは別に言い逃れをしてうやむやにするようなことでもないので、素直に思っていたことを白状することにした。口の中のものを飲み込み、もうほとんど原型のないカップケーキを改めて見下ろす。ああ、もう少しで食べ終わってしまう。

「普通は…わたしが作れるべきなんだろうけどなぁ、こういうの」
「なんで?」
「なんでって。…そりゃ、わたしも…女の子だし…」

 そう言いながら心がチクチクと痛むのを感じて、視線を机の上へと逃がす。なんだか負けを認めている気分だ、っていうか今実際に負けを認めてるんだけども。こんなおいしいカップケーキ、練習したって焼ける気がしないよ。こいつ、こんなに適当なヤツなのになぁ…どうしてこんなにおいしいお菓子が作れるんだろう。昨日もらったガトーショコラも、その前のドーナッツも、その前の前のパウンドケーキも。最初に貰ったココナッツクッキーも。ぜんぶ、本当においしかった。しかも今は従兄弟?のあっくんってちびっ子にも好かれて面倒見てるみたいだし…わたしより“女子力”あるんじゃないかな、平介。

「別にいいんじゃないの。無理に苦手なことやろうとしなくても」

 さらり。それはもう本当に、さらり、と。目の前の男はわたしの感じていた敗北感も女子としての切なさもまるで察知することなく、ましてや励ましたり暖かいフォローをしてくれるでもなく、ものすごく普通にそう言い放ちやがった。わたしは思わずきょとんとしてしまいながら、今受け取った言葉をゆっくりと、口の中のカップケーキと一緒に咀嚼する。

「…今さりげなくわたしに料理が苦手ってレッテル貼ったね?」
「あははー」

 わたしの指摘に平介がわざとらしく笑う。なぜかわたしが“料理が苦手”前提だったことはさて置き、コイツの緩い言葉を聞きながらコイツの超マイペースな顔を見ていたらなんだか色々とどうでもよくなってきた。そうだよね、別に女の子だからって男子より料理が得意じゃなくたっていいんだ。わたしは、わたし。平介は、平介。幾分心が軽くなったわたしは、手元のカップケーキの残りをぽいと口の中に放り込む。うん、おいしい!

「ねぇ、平介。わたし、平介が女の子だったら嫁に貰っても良いかも」
「なんで上から目線?」

 眉を顰め、困った顔で平介が言う。わたしは先程とは打って変わって満面の笑みを浮かべてみせる。

「嫁においでよ、へーすけ」

 だって、こんなおいしいお菓子が毎日食べられるんだよ?それって幸せじゃない?
 ちょっと女の子を口説くような気持ちで平介を見つめると、平介はわたしの顔をまじまじと眺め、瞬きをゆっくり3回繰り返し、頬杖を突いていた腕をぱたりと机に倒した。

「それにおれが今、うん、って言ったら。はおれの奥さんになってくれんの?」

 いきなり平介がそんな台詞を、ごく自然に言うものだから。

「………え?」

 そんな間の抜けた声しか出せなかった。
 平介を動揺させるつもりがわたしが動揺させられてるんだけどちょっとどういうこと!プロポーズしたつもりが逆プロポーズでしたみたいな、いやいや待ってそもそもまずわたしたち別にカップルとかそういうんじゃないし大事なステップいくつも跳び越しすぎだしでも平介を嫁に貰えたら確かに幸せかもとか本気で考え始めてる場合じゃない。脳みそが沸騰しそうになるついでに顔面から発火しそうだ。あ、こ、これは、やばい。

「いっ、いやっ、そもそもわたしが嫁に貰うのにわたしが奥さんはおかしいんじゃないかなとか」
「じょーだん。意外と純な反応するよね、お前って」

 テンパりながらもどうにか喋ってみた結果がこれだよ!わたしの言葉をばっさりと横切り、平介はニヤニヤと笑っている。冗談だってことぐらい分かってた筈なのに動揺しまくった自分が恥ずかしくて、とりあえず平介の笑顔が目に入らないようにぷいと顔を背けた。不思議と顔の熱が下がらない。早く下がれ、冷めろ、落ち着きなさいわたし!そうして必死で自分を叱咤していたら、視界の隅に茶色い何かが映った。ふわ、とチョコレートの匂いがする。恐る恐るゆっくりとそちらを見ればそこには平介の手があって、チョコレート色のカップケーキを握っていた。

「怒らない怒らない。ほら、もう一個食べる?」
「食べる!」

 飛びつくようにそれを受け取ってクルミのトッピングされたチョコレート色の表面を眺めた途端、不機嫌な気持ちとか動揺しまくってる心臓の痛みとかが一気にパーンと飛んでいった。さっきのプレーンもすごくおいしかったから、このチョコレート味も絶対においしいはずだ!まぁ、平介のお菓子はどれもおいしいからアタリもハズレもどこにもないんだけどね。

「どこまで単純なんだか」

 なんか平介が言った気がしたけど、とりあえずこれを一口かじってからにしようと思った。



中途半端がちょうどいい

(タイトルはキンモクセイが泣いた夜さまより。|2010.10.08、真山)