ハンドガンのマガジンをひとつ手にとって「重いね」と言ったら「それが命の重さだ」とレオンは言った。わたしは、笑った。


「そうなの?それなら随分と軽すぎる気がしない?」

「掌に乗せようとするならその程度じゃないのか」

「そんなもん?」

「そんなもんだ。…俺の指先ひとつで、簡単に消せる」


 哀しげも無く淡々と言いながら、レオンはわたしの手からマガジンをひょいと攫っていった。暇になったわたしの掌は、今度は弾の入っていないハンドガンへと伸びる。レオンはわたしの手元をちらりと眺めただけで、それを特に咎めようとはしなかった。
 木製のデスクに上半身をごろりと預けると、それは微かに火薬の匂いがした。レオンはいつもこのデスクで銃火器類の装備だとかカスタマイズだとかをやってるらしい。命すらも簡単に消せるというその、器用な指先で。
 オレンジ色を帯びたデスクの灯りの下、レオンの匂いに包まれながら触れるそれは余りにも冷たい。真っ黒な銃身が視覚的にそういう印象を与えているだけなのか、それとも本当に、この銃自体が人の体温を奪うような深遠な冷たさを秘めているのか。この銃で実際に人を貫いたことが無いわたしには、よく分からない。


「レオンは、この銃でいくつの命を?」

「覚えてないな」


 わたしがそう尋ねることを先読みしていたように、レオンはさらっとそう応えた。やっぱり、淡々としている。いくつの命を摘み取ったのかをまるで覚えてないのはどうやら本当みたいで、それに対して大した情がないのも本当のようだ。わたしに向けられた綺麗なブルーグリーンの瞳に銃身に似た冷たさを感じて、背筋をぞくりと何かが駆け上がった。気がした。
 レオンが、わたしにそっと右手を差し出す。この銃を渡すように催促しているらしいから、少し意地悪をして指先で銃身を回した。器用に掌で受け止めて、レオンの額に突きつける。


「なんのつもりだ?」

「んー、女スパイごっこ?」

「…悪い冗談はよせ」


 珍しくちょっと怒ったらしいレオンにびっくりしていたら、あっと言う間に銃は奪われてしまった。
 前から思っていたのだけど、レオンの過去には傷口が多すぎる。たまに不意に変なところを突いてしまうと、哀しい顔をさせてしまったり怒らせてしまったりする。日頃あんなにタフで強かでクールで余裕なエージェント・レオンが、ただのレオン・スコット・ケネディくんになる瞬間でもある。だけど、わたしはレオンの哀しい顔は嫌い。だから、いっつも気を付けている…のに、今回はわたしの配慮が完璧に足りていなかったようだ。
 今夜は私室でぬいぐるみ抱えてひっそりとひとり反省会だなぁとか思いながら、レオンの額付近で硬直したままだった手をそっと降ろした。けれど、その掌は降りきる前にレオンの手に捕まえられてしまう。再びびっくりするのも束の間、わたしの手の甲にレオンがお姫様にするようなキスをするものだからわたしは更にビックリすることとなってしまった。
 銃で冷やされた手に、レオンの体温は柔らかく熱すぎる。心臓に悪い。


「どうしたの。…レオン?スコットくん?」

「…なんだろうな。消毒?」


 自嘲的に笑って、レオンがわたしの手へとそっと俯いた。さらりとした髪が甲に触れてくすぐったい。


「消毒?うそ、銃身に毒でも仕込んでるの?」

「まさか。ただ、が俺と同じ人殺しにならないように、と思っただけさ」


 皮肉のように、けれど冗談のように呟かれた言葉は笑いを微かに含んでいて、それが逆に私の心をぎゅっと抉った。
 世界の為に、時には世界を敵に回しながら戦い続ける彼に向かってわたしはなんて軽口を叩いてしまったんだろう。ほんの少しの意地悪で発したわたしの冗談は、レオンの心にゆったりと波紋を広げて傷口を確かに揺らしていた。人殺しだなんて本心では思ってない、そう伝えたいのに焦れば焦るほどわたしの唇は空回る。うわ言のように、ちがう、という単語だけしか繰り返せなくなっていた。もしも今わたしの瞳をレオンの哀しげな瞳が射抜いたなら、きっとわたしの心臓は一瞬で止まる。


「何も違わない」

「違うよ。レオンの掌は、ちがう。…人殺しなんかじゃなくて。これは、なにかを救う、掌だよ」


 レオンは少し驚いたような表情でわたしの目を見た。お蔭でわたしの心臓は止まらずに済んだようだった。
 伝えたいことをなんとか縮めてくっつけた結果なんとも文法を無視した英作文のようになってしまったけれど、レオンにはどうにか通じたらしい。その綺麗な唇がそっと弧を描いてから、やっとわたしも安心して笑うことが出来る。


「それなら、今のキスの意味が変わってくるな」

「消毒じゃなくて?」

「ああ、消毒じゃなくて」


 ほんのり日本語訛りのわたしの発音を真似てレオンがわたしの言葉を繰り返す。
 文句を言いかけて半開きになったわたしの唇を抑えるようにして、レオンの左手の親指が音もなく触れた。言葉を塞いでるくせに、その指先は悪戯にも微かにわたしの唇の隙間を割っている。そっと、レオンの唇が耳元に寄せられた。より強く香るレオンの香りと体温のせいで、わたしの思考回路の50%は働くことを放棄してしまった。


「お前には、もう一生銃なんか握らせたりしない」


 囁かれた言葉の意味を尋ねるよりも早く、レオンの唇が私の呼吸を奪った。






とどめはキミの眼で

(そこにあるのは忠誠にも似た、)




2008.10.12//キス落ちが多いのは仕様です。外人の恋愛ってちゅーばっかしてるイメージ。