コール音がみっつ、続いてノイズ、そして低い声で短い挨拶。
 ノイズ越しのその声に、あたしの顔はみっともなくも緩みきるのだ。


「もしもし、」

『もしもし、か。……何か言えよ、黙ってニヤけてちゃ怪しいぞ』

「…え、もしかしてレオンてばあたしのこと見えてる?」

『俺を誰だと思ってるんだ。声さえ聞ければ、アンタのことなんて見えてるに等しいさ』

「そっか、そうだね。さすがレオンだ」

『まぁな。それで、こんな時間にどうした?』


 レオンの声を合図に時計へと目を遣る。短針が示すのは1と2の間。
 ほんの少し携帯から耳を遠ざけると、外の暗闇に注ぐ雨の音にあたしのアタマの中が支配されそうになる。レオンに眼を奪われたあの日から必死で勉強した英語すらも、アタマの中から追い出されてしまいそうな錯覚を覚えた。
 留学を終えて日本に帰る予定、なんてもう6年も前の話。色んなごたごたに巻き込まれて、結局帰るタイミングを逃してしまった。日本では、あたしは死んだことになってるんだろうなと思う。それはそれで悪い気はしない。(だって、あの日までのあたしが居なくなったってことでしょう?)
 未だに、こんな夜には思い出してしまう。眼を閉じれば鮮明な、あの日の映像。逃げ惑う人々、怪物、銃声、爆発音、サイレン、(そして差し伸べられた、手。)


『…思い出してたのか』


 レオンの声で我に返った。この人はあたしが見えてるどころか、あたしの心中まで読めるらしい。


「レオンこそ、エイダさんのこと思い出してたんじゃないの?」

『まさか。…もちろん、忘れた訳じゃない。だけどここで"YES"を言ったら、アンタの機嫌を損ねるだろ』


Don't you? 悪戯に付け足されたその言葉は少し笑いを含んでいて、こちらもつられて笑いそうになる。
 雨の音が遠くなった。このまま消えてくれることを密かに祈った。


「ねぇ、レオン。あたし、ラクーンシティに行ったこと後悔してないよ」

『…随分とポジティブだな』

「だって、レオンが助けてくれたから。あの日が無ければ今のあたし達はここにないでしょう?」


Don't you? やり返すつもりで返した言葉は、彼の笑い声に埋もれてしまった。
 彼が、悪い、なんて小さな声で謝りを入れる。そっか、不機嫌な顔をしたこともお見通しな訳ね?


『可愛いこと言うんだな。驚いた、何か変なものでも?』

「食べてない!…もう、なんなの」

『俺も、後悔はしてないぜ?だけど、アンタにはラクーンシティには来て欲しくなかった』

「………」

『あの日じゃなくても、きっとアンタには出会えた筈だからだ』


 歯が浮くような甘い台詞が彼に似合わなくて、むしろ似合いすぎて、あたしは吹き出してしまった。
 きっと、今度は彼が電話の向こうで眉間に皺を寄せる番だ。ああもう、可愛いなぁ。
 彼を真似て小さく謝りの言葉を挟んでから、小さな溜息を零した。レオンは黙ったままだ。


「…意外。エージェント様は運命を信じるのね」

『信じてなかったさ。アンタが信じさせたんだろ、

「……そんなの、お互い様だよ」


 あまりにもさらっと甘い言葉を言うもんだから、あたしはまた笑った。レオンも笑った。
 それからふっと沈黙が降りてきて、雨の音が耳に届く。そういえばレオンは雨に関して何も触れないな、もしかして今アメリカ以外の違う所に居るのかな。
 今、レオンはどこにいてどんな格好でどんな顔をしてるんだろう。相変わらずあの茶色い髪はさらさらで、綺麗な青い瞳は鋭くて、逞しくなった背中は広いんだろうな。あーあ、レオンばっかりあたしのことお見通しなんてズルすぎるよ。あたしだって電話越しにレオンのこと見えるようになりたい。
 会いたい。その一言を飲み干して、あたしは次の話題を探した。


『悪いな、明日は早いんだ。そろそろ休まないと。アンタも、明日はプロジェクトか何かだろ?』


 しまった、先手を打たれた。
 すっかり癖になった欧米風のリアクションをひとり寂しくとりながら、声では平静を装って曖昧な声を返す。
 うん、迷惑掛けちゃいけないよね。内側仕事のあたしと違って、レオンは実戦の場で常に命を掛けてるんだから。
 明日から、また何か任務なのかな。…ああ、嫌な予感がして来ちゃった。結局眠れないじゃないの。


「うん、そうだね。あたしもそろそろ寝るよ」

『…ろくでもないこと考えるなよ、お前の勘はよく当るんだからな』

「……だから人の心を簡単に読まないでよ」

『悪かったって。…なぁ、

「なに?」


『I miss you. ... Good night my fair lady.』
 (会いたいよ。 おやすみ、俺の可愛い子)

 低い声で囁かれたその言葉はあまりにも綺麗で脳内翻訳をすることも忘れ、無意識に返した返事は珍しくもカタカナをそのまま読んだようなグッドナイトになってしまった。
 吐息にも似た笑い声、ノイズ、通話終了の音。
 彼はきっと満身創痍で帰ってくるだろうから、病院に押しかけて思いっきり抱き締めてやろうと思った。





にも隔てられない距離


を音速で乗り越えて



   「また明日」






(やらかした\(^O^)/時間軸は4の事件前夜。//2008.09.08)