これは一体どんな状況だ?と、ルークは扉を開いたその姿勢のままで思考する。
出先で夕立に見舞われ、とりあえずここから1番近いの家で雨宿りでもしようと思い立ち、ルークは雨に全身を洗われながら辛くもの住むマンションまで辿り着いた。セキュリティーはに「僕の家ならいつでも自由に使っていいよ。ほら、女性と修羅場に陥ったときの隠れ家とかに」とにこやかに渡された合鍵を用いて難なく通過。外から見上げたの部屋の窓に明かりは灯っておらず、恐らく外出中だろうと高を括って無遠慮に玄関の鍵も通過。そこまでは良かった。いつも通りだった。
しかし靴を脱いで申し訳程度の「お邪魔しまーす」を告げ、廊下に雨水を滴らせながらリビングルームへの扉を開いたルークは、いつもの家にはありえないだろう光景を目撃していた。
薄暗い部屋に人影がふたつ。
ソファにゆったりと身を預けたに覆い被さるようにして、若い女性がソファに膝を突いている。花柄のミニスカートはきわどいラインまでせり上がり、それと黒いニーハイソックスの境目にある肌色がはっきりと見えていた。彼女は長い睫毛ときらきらするアイシャドウに囲まれた瞳で威嚇するようにルークを捉え、細い眉を不可思議そうに顰める。グロスで瑞々しく輝く唇が微かに開き、白い歯と赤い舌がのぞく。
彼女が今にも何かを言いだそうとした時、それを遮るようにがルークを見て微笑んだ。
「やあ、ルーク」
手をちょいと掲げ、気さくに発されるいつも通りのご挨拶。
ルークも思わず釣られて片手を掲げて応えはするものの、視線はに覆い被さるその女性…の太ももとボディラインに釘付けだった。女性はその視線に気付いてか気付かずか、未だにルークのことを見つめたままである。
そんな彼女の頬にの手がするりと滑り、彼女はハッとしてを見下ろした。彼女の長い髪が彼女自身の表情を上手に隠してしまい、横からは伺い見ることが出来ない。
「そういう訳だ。悪いね、お嬢さん」
小さい子供を諭すような声音でが言う。彼女の赤茶色の髪から覗く飾りのような耳が微かに赤く染まり、ありゃァ惚れてンなあ、とルークは声に出さず独り言を言う。微かに顎を引き、いじけたように上目遣いをしている様子がありありと想像できる。
しかしは潤んだ視線に良心や下心を揺さぶられる様子など一切見せず、代わりに今日一番の笑顔を見せた。
「体調は随分良くなったみたいで。安心したよ」
「……ッ、!!」
刹那、彼女の耳がカッと真っ赤に染まり、慌てて身を引いたかと思うと床に置いていた鞄とコートを拾い上げて早足でルークの方へと ― 正しくは玄関の方へと向かって行った。ルークは背でドアを支えるようにして道を開け、悔しそうに表情を歪める彼女の横顔をきっちりと観察しながら、玄関から出て行く後姿を見送った。
きぃ、こつこつこつ、ばたん。玄関が閉まり、遠ざかって行く足音を聞きながら、ルークが今度こそリビングルームへと足を踏み入れた。ついでに電気のスイッチを押し、蛍光灯を点ける。
眩しさに目を細める中年の男が2人、改めて顔を合わせた。
「もしかしてお邪魔しちゃった?」
にやり。ルークが唇の端を持ち上げ、むしろ愉しげに問う。
は彼の表情よりも髪や服から滴る雫に呆れ、目を細めながら応えた。
「いいや?困っていたから丁度良かったよ」
気だるげにソファから立ち上がり、すれ違いついでにルークの肩を軽く叩いて通り過ぎる。
廊下右手側の扉を開いてバスルームへと入っていくを視線で追い、ルークが声を殺して笑った。
「へーえ?困ってるようにゃァちぃーっとも見えなかったけどねえ」
「オジさん、若い子の大胆さにはイマイチ付いて行ける気がしないんだよ…」
まさか体調不良を装って人の良心につけ込みながら家に上がりこんだ挙句、いきなり襲い掛かるだなんて。
わざと老け込んだ声音を作りながら溜息交じりに喋ればルークがいよいよ声を出して笑う。
はそれに蓋でもするかのように、適当に手に取ったバスタオルをルークの顔面へと押し付けた。くぐもった悲鳴と僅かな振動、そしてルークの顔面の起伏がの掌に伝わってくる。
「ええー?そうかなァ。あのままあの子のこと喰う気満々だったんじゃないのー?ねえ、オジさん」
少なくとも抵抗しているようには見えなかったし、嫌がるような素振りも表情もしていなかった。彼女を見上げるの目にあったのは紛れもない“無関心”の色で、彼女があのままコトに及んだとしても黙って受け入れていたのだろうなと思う。というか、それがこのという男なのだ。何もかもに無関心。そして、無気力。けれどそんな彼が唯一執着しているものに、ルークはとっくの昔から気が付いていた。
タオル越しに喋り、首まで傾げるルークには吐息にも似た笑いを漏らす。
「それ以上喋るなら無理矢理服を剥いた上でオジさんと混浴コースだけど、どうする?」
ぴく、とルークの肩が震える。
タオルの向こう側でニヤニヤ笑いを引き攣らせているのだろうなと思うと、自然と笑みが深まった。
「……俺、オジさんの守備範囲の広さにドン引きだわァ…」
「僕も銭湯以外でオッサンとお風呂に入る趣味は無いんだよね。お互いの為に黙ろう?…ね」
必要以上に優しい声で言いながら、バスタオルからそっと手を引く。支えを失ったバスタオルが落ち、漸く開けたルークの視界からは既にが消えていた。背後でドアの開く音がし、ルークはそちらを振り返る。の頼りなさげな細い後姿は、浴室から廊下を挟んで向かい側にある客間の電気を点けていた。
屈んで引っ張り出したタンスの引き出しにはいつの間にか常備されるようになっていたルークの着替えが所狭しと並んでいる。背中にルークの視線を感じながらも敢えてシカトを決め込み、はそこから数着を適当に選び出し始めた。
だが、彼がそうして淡々とした態度を貫けば貫くほどルークのニヤニヤ笑いは治まらなくなる。
彼の“無関心さ”を崩す術を知るルークは小さな悪戯を思いついた子供のように不敵な笑みを唇に乗せ、わざとらしいほど大きな声での背中に言葉をかけた。悪意も僅かに、溢れんばかりの好奇心を以って。
「くんさあ、好きな女の子には手ェ出さない人生縛りプレイでもしてんの?」
「んー?」
曖昧な返事も想定内。それなら核心を突いてやるまでだと、ルークはニッコリ笑った。
「」
―― ガタッ!
動揺の余りタンスの引き出しを開けたまま立ち上がろうとしたの膝がそれと接触を起こして派手な音を立てた。芸人も真っ青なベタすぎるリアクションをとってしまった己には一瞬思考をフリーズさせ、すぐさま我に返り、溜息を深々と零しながら振り返った。その手にはルークの為に用意した着替えが積まれている。
扉2枚と廊下越しに満面の笑みを向けてくるルークを眺め、は改めてもう一度溜息を吐いてしまった。
やはりの執着しているものはという少女の存在で間違っていないらしい。
この瞬間ルークの予想は確信に変わり、の言い訳は諦めに変わった。
「…キミのそういう勘が良いところ、苦手だけど意外と好きだなぁ」
「野郎に好かれても嬉しくないのよね、俺」
そっちの趣味ねェモン、とへらへら脱力した笑い方をするルークに、は苦笑いじみた表情を浮かべながら歩み寄る。常にのんびりおっとりとしている桃色の瞳には僅かながらも動揺の色が滲み、言葉を探すように唇が空白を刻んだ。名前を聞いただけでこの有様なのに、この男は本人を目の前にすると驚くほど“気の無い振り”が上手いのだから不思議である。
は観念したように一度視線を伏せてから、ルークと視線を合わせた。眉尻を下げ、目を細める。それでも唇に乗せた微かな笑みはそのままに。
「は可愛いから。僕のような男に引っ掛かられては困る」
どんな情熱的な愛の言葉が飛び出すかと半ばわくわくしながら言葉を待っていたルークはの緩すぎる返答に思わずきょとんと目を丸めてしまう。確かにらしいといえばらしいが、色恋沙汰でぐらいもう少し理性を脱ぎ捨ててくれてもいいんじゃないだろうか。ルークはひっぺがすつもりの化けの皮を更にもう一枚被られた気がして、子供のように唇を尖らせてみせた。
「あァ、そう。じゃあ俺がちゃん引っ掛けちゃおーっと」
「ダメ」
に背を向け、濡れた衣服を脱ぎかけたところでルークが動きを止める。そっと肩越しに振り返れば即拒否した張本人がにっこりと笑う。その笑顔に裏づけされた本気を瞬時に把握したルークは、まるで今時のギャルが男を非難するときのような声音でこう言ってやった。
「面倒臭ェオトコー」
「キミには劣るけどなぁ」
「………えっ。今くんすごい暴言吐かなかった?」
は首を傾げるルークを無視して脱衣所のラックに着替えを置くと、さっさと脱衣所から出て行く。
「別に暴言を吐いたつもりはないよ」
扉に手を掛け、それを閉める間際。ひどく愉しげにが笑う。
「キミの生き方は、僕のそれよりも随分と面倒臭いじゃないか」
ばたん。ドアが閉まり、足音が遠ざかる。
ルークは扉を見上げていた視線を下ろし、くっ、と笑いを殺しながら濡れた衣服を洗濯籠へと脱ぎ捨てた。びちゃんと濡れた音がする。髪から滴る水が直接肩に落ち、背を伝い、流れ落ちていく。長い髪を結い上げていた髪紐を解けば、濡れた髪が背に触れて寒気が体を駆け抜けた。
必要最低限の物しか置かれていないがらんとした洗面台に手を突いて鏡を覗き込む。そこには見慣れたルーク自身の姿が映った。
彼もまた、“これ”の化けの皮を剥したがっている。
「キミがシャワーから上がったら、飲みに行こうか。ルーク」
「んあ?おう」
少し遠くから聞こえたの声に、ルークが興味なさげな返事をする。
は床を拭くために取り出した雑巾を左手に持ち、右手で携帯を開きながらリビングルームのソファに腰掛けた。
「ウォーレンにも声をかけよう。あとアレスにも。
マルコとサッチも声をかければ来るだろうし…シャンクスも暇してそうな気がするなぁ」
次から次へと聞こえてくるのは自分と同年代ぐらいの“おっさん”の名ばかり。
ついにルークは吹き出してしまい、声に出して笑いながらに応えた。
「ハハッ!たまにゃァおっさんまみれのむさ苦しい飲み会も悪かねェ……かも…」
次の瞬間、ルークが慌しく脱衣所から飛び出してきた。は思わずびくりと背筋を緊張させ、軽く見開いた双眸でそのパンツ一丁のおっさんを見つめた。
「たまに、な!本当にたまに!」
そんな必死の顔で何を言うかと思えば。
は緊張をゆるりと解くように笑いながら、軽く頷いた。
「ああ、わかってる」
ルークが脱衣所に戻り、シャワーの音が聞こえてくればの意識は手元の携帯へと移る。とりあえず暇していそうなヤツに一括送信でお誘いをかけてみよう。そうだ、この前ちゃんに教わったデコメというやつを試すのもいいかも知れない。
送信ボタンを押す頃には左手に握っている雑巾のことも部屋に微かに残る女物の香水の匂いのことも忘れ、廊下に出来た水溜りのことは己の靴下を濡らすことで漸く思いだすのだった。
ルークの携帯にも送られていたお誘いデコメールを見て、シャワーから上がった彼が脱力するのはこれから15分ほど先のこと。
手のうえの心臓
(ハチさんちのOSSANことルーク氏をお借りして来ての現代パロでコラ…ボ…?とりあえず2人で喋ってもらいたくてカッとなってやった反省はしているが後悔はしていない。捏造いっぱいでごめんなすん(´^ω^`)ハチさんちの紋章師ちゃんと圭さんちのウォーレン氏(ドエス系おっさん)と蜜屋さんちのアレス氏(堅物系おっさん)は今回名前だけお借りしました。そのうちお3方ともお借りして来たい所存。)
(タイトルは宴葬さまにお借りしました。//2010.11.19)