失くした腕のことを聞くと、シャンクスはいつも嬉しそうに笑う。

 いや、そもそもシャンクスはいつも嬉しそうに楽しそうに笑うんだけど。でも、この腕のことを聞かれたときは際立って彼の子供みたいで純真な目がきらきらと輝く。それは本当にきれいで、そんなシャンクスの眼を眺めるのが好きなわたしはこの質問をよく彼に投げ掛ける。その度に彼は飽きもせず、目を輝かせて次の時代がなんとか、って話をしてくれるのだ。

 正直言って、彼の話を理解するにはわたしはまだ幼すぎる。わたしも次の時代の担い手だと言われたけど、そんな大きなものを担えるほどわたしの背中は広くない。これから広くなる予定も無い。

 そしてそれは今日も然り。甲板に寝転がって日向ぼっこをするシャンクスは遠目に見ても暇そうだったから、同じく暇なわたしは彼の元へと足を運ぶことにする。するとそのことが分かってたみたいに、シャンクスはわたしが階段を昇りかけている頃からこちらを見ていた。衝突した視線をどうしようとわたしが迷うよりも早く、シャンクスはにっこりと笑ってくれる。それから右手で小さな手招き。今行こうとしてたところだからその動作は意味を成してないけど、かわいいからツッコまない。

「よう、。そろそろ来る頃だと思ってた」
「……はぁ、」


 まじですかお頭あんたエスパーですか!なんて初々しい反応を返せるほどわたしとシャンクスの仲は浅くない。いつものように曖昧な返事を返しながらシャンクスを見下ろすと、シャンクスはわたしを見上げて唇の角っこを持ち上げた。…まだ何も話してないのに、なんだか既に愉しそうだ。彼の目に映る私は今、青い空を背景にして困った顔をしていることだろう。

 シャンクスは片腕を甲板に突いて、上半身を持ち上げる。それから隣をぽんぽんと叩いて、無言でニコニコとここに座れと示す。わたしは軽い会釈をしてそこに腰を下ろした。さっきまで見下ろしていた赤色を今度は隣で見上げると、それはあまりにも鮮やかで高貴なものに見えた。加えて彼の笑顔の、なんと明るいことか。眩しさに耐え切れずに視線を足元へと逃がすと、シャンクスの押し殺すような笑い声が聞こえてきた。

「この腕は、新しい時代の為に置いてきたんだ」
「………」


 尋ねようとしていたことを、すっかり先読みされていた。問う前に答えられてしまって、中途半端に開いた口を閉じることが出来ない。それでもどうにか次の言葉を必死に探す。真上から差す日の光で出来たわたしの影の中に手がかりが落ちていないか、視線はうろうろと彷徨う。どれだけ必死に探しても、わたしの視界では小さなヤドカリがのこのこと歩いていくのを捉えるのが精一杯だ。

「口、開きっぱなしだとヨダレこぼれるぞ」
「黙ってください」


 咄嗟に吐いた言葉には、すぐさまシャンクスの快濶な笑い声が返ってきた。

「おれとの話題は、何も腕のことだけじゃねェだろう?」

 何をそんなに迷うんだ。
と続けて、シャンクスは笑みを深める。最近シャンクスに対してはこの話題ばかりを振っていたから、きっとシャンクスはわたしがこの話題しかシャンクスに振れないのだと思っている。もちろん、用意なんかしなくても他の話題なんてごまんとある。目の傷はたまに痛みませんかとか、綺麗な髪ですねとか、さっき副船長が不機嫌だったんですけど何かしましたか、とか。

 でも、どの話題を持ってしてもあの少年のような眼の輝きを拝むことは出来ないだろう。

「…ま、おれとしてもお前のあの顔眺めんのは嫌いじゃねェけどよ」

 ついに思ってることまでリアルタイムに悟られたかと思って、わたしは慌ててシャンクスの顔を見上げた。てっきりぶつかるだろうと思っていた視線はどうやらわたしの一方通行で、シャンクスは自分の足元を歩くヤドカリを眺めていた。でもわたしは負けじと、言葉の続きを待つように、眩しさに眼が眩んでも彼の赤色を眺め続ける。20秒ほど待って、ようやくシャンクスの唇が動いた。

「お前のその質問におれが答えてるとき、お前やけに寂しそうな顔するよな」

 まるで身に覚えの無いその言葉に、わたしの唇がぽかんと開きかけた。でもまたヨダレ云々言われるのは嫌だったから、唇を引き締める。寂しそうな顔?わたしが?どうして?シャンクスはヤドカリが彼の影から出て行くのを見届けてからわたしを見て、その頭上にクエスチョンマークでも見つけたかのように、小さく笑って頷いた。

「そうかそうか、無自覚か。それなら尚更カワイーな、
「…お頭。説明を請います」
「まんまだよ。お前はいっつも寂しそうにおれの昔話を聞くんだ」


 それから一呼吸置いて、シャンクスは信じられないことを言った。

「まるで、妬いてるみたいにな」

 身に覚えがないです、やめてください、セクハラで副船長に訴えますよ、自意識過剰もほどほどにして下さい。言いたいことは山ほど出てきたのに、全部のどの奥に詰まって出てこなかった。一気に思い浮かびすぎた言葉の洪水を抑える為に、わたしの声帯が通行止めをかけたみたいだ。代わりに顔に異常なほどの熱が灯る。シャンクスはわたしを見る目をほんの少しだけ丸めて、でもすぐにそれを細めて笑う。

「どうした。真っ赤だぞ」
「…お頭だけには、言われたくないです」
「ははっ、そりゃ確かに」


 言いながら、シャンクスの一本しかない腕がわたしの背を這って肩に回る。それはそのまま少し降りてわたしの腰まで行くと、そのままシャンクスの方へと引き寄せた。そっと視界に影が下りてきて、赤い髪の毛が上から雨みたいに視界にかかってくる。青空を背景にしたそれはまるで夕焼けを切って並べたみたいで、とてもきれいだった。

「昔も今も、おれにとっちゃァどっちも大事な宝物さ」

 吐息がわたしの前髪をくすぐったのを感じて、そっと目を伏せた。たぶんそのままシャンクスの唇はわたしの額に着地するのだろうけど、それに抗う理由がわたしにはない。きっといつか、シャンクスは少年みたいに目を輝かせながらわたしのことを誰かに話してくれるのだろう。
 わたしもいつか夕焼けのように真っ赤で星空のように輝く男を愛したと、誰かに話せるといい。



その

  眼が

    ほしかった




(2009.03.19//80000打感謝リクより、シャンクスのお話でした!ありがとうございました!)
(タイトルはジョゼンタの頬さまより)