「ねえ、ロー!ロー!すごいよあれ!ひゅーごーきゃーって!」
「…擬音は正しく使え」


 ローは相変わらず低い声で興味なさげにそう言うけれど、既に嫌な予感がしてるみたいで彼の掌はわたしの掌をしっかりと捕らえている。でも、目前に広がるワンダー・ランドを目にしてわたしが黙ってられる訳もない。この島特有のシャボンを利用したアトラクションに、溢れる利用者たちの笑顔。いたる所から聞こえる悲鳴はどれもいつも船上で聞くようなものではなくて、期待とかスリルとか楽しさとか、そんなのを孕んだものだ。歩き回るぬいぐるみは短い足を一生懸命動かして幼い子供達に風船を配っている。
 ああ、これを見てはしゃがずにいられる人がいるなら見てみたいぐらい!…って、丁度わたしのまとなりにいるけどね、一人。ローをちらっと見上げたら視線が合ってしまって怖かったので、慌ててまた遊園地内をぐるぐる見渡す。好奇心で今にも駆け出さんとする体はローの掌さえなければ、とっくにあのジェットコースターと呼ばれるらしいその大きな装置へと乗り込んでいたはずだ。わたしの横で、ベポもまた楽しげに目を輝かせる。するとその陰からひょこりと顔を覗かせたキャスケットを被った船員さんが、それとはまた違う装置を親指で指し示して笑みを深める。

「見ろよ、アレなんかぐるぐるぎゅーんだ」
「わー!ほんとだ!」
「………」


 キャスケットさんまで変な擬音を使い出したものだから、ローはツッコむ気力さえなくなったみたいだった。ローが零した筈だろう溜息は喧騒に呑まれて、わたしの意識は完全にローから遊園地のアトラクションたちへと移って行く。とどめは、ベポがわたしに差し出した風船。真っ赤でぷっくりしたそれは空が恋しくてしょうがないみたいにふわふわ踊る。差し出された白い紐を掴めば、なんだかその風船をわたしがここに無理矢理繋ぎとめている気分になった。陽射しに透かされた紅色が、とてもきれいだ。

「わあっ!ありがとーベポ!」
「うれしい?」
「すっごくうれしいよベポ!」
「よかった!」


 うわああ!ベポが可愛いのはいつものことなのに、この場所だとベポの可愛さが倍以上だ!はにかむように、へにゃり、と真ん丸な目を細めたベポを見上げていたら胸がきゅんきゅんしてこのまま死ねてしまいそうだ。いや、だめ、まだ死ねない!この遊園地で遊ぶまでは、死ねない!風船の紐をぎゅっと握って、ちょっとだけ強気にローを見上げてみる。ローの目が、真っ直ぐにわたしを見返す。すると自然に船員全員の視線がローへと向けられた。ローはその視線に気付きながらも、わたしのことだけを見ている。まだ、まだ、逸らせない。あと一押しで、折れてくれる、気がする!ぐ、と目元に力を入れると、ローは脱力するみたいに一気に息を吐いた。わたしから視線を逸らして、愛用の刀を担ぎ直す。

「…好きにしろ」

 その言葉が聞こえた瞬間には、ハートの海賊団は全員がそれぞれ好きな方向へと散っていった。キャスケット被った船員さんてば、キャホーウ!とか言ってた。わたしよりも全然遊園地楽しみにしてたんじゃないだろうか彼は。なんか可愛いなぁ、ていうかうちの船員て可愛いんだよね、全体的に。

「どうした、。行かねェのか」

 みんなの後姿が人波に消えた頃、ローがまだ動かずにいたわたしに問いかけた。わたしはふよふよと風に煽られる風船の赤い影を足元に見ながら、ちょっとだけ言いよどむ。ローは何も言わずにわたしの言葉を待っている。意を決して唇を開くと、また遠くから悲鳴が聞こえた。それが止むのを待ってから、やっとわたしの喉が声を吐き出す。

「…やっぱり、ローと一緒がいいなぁ、なんて…思いまし、て?」

 わっ、我ながらなんと恥ずかしいことを言ったんだ…!後悔先に立たず、という言葉を身をもって痛感しながら、頬に宿る熱を陽射しの所為にしてみる。あーあっついなーもう!アイス食べたい!あの女の子が食べてるような、虹色をした不思議なアイス!…なんて、逃げるように人ごみへ視線を向ける。あと3秒、あと3秒だけ待ってローが何も言わなかったら、ダッシュで船員さんとベポに追いつこう。でもやっぱり、こういう楽しいところだからこそ大好きな人と一緒にいたいんだけ、ど。ロー、こういうの嫌いそうだもんね。それに今日、結構暑いし。
 半ば諦めかけたわたしの耳元に、そっと影が降りて来た。近くなったローの顔にびっくりすると、今度は熱を帯びたわたしの指に、冷たくて骨っぽい指がするりと這って絡んだ。さっきみたいな、駆け出しそうなわたしを引き止めていた強引な感じじゃなくて、そっと寄り添うような指の絡み方がなんだか恥ずかしい。どうしたらいいのやら、まともにローの目を見たら心臓が爆発する恐れがあるので、足元の赤い影に落ち着く。

「今回だけだ」

 呆れたように、それでも少し笑いを含んだ声でローが言った。今の台詞をどんな顔で言ったのか気になって咄嗟に顔を上げたけど、次の瞬間には手を引いて歩き出されてしまったので見損ねてしまった。あーあ、きっと柄にも無くちょっとだけ照れてるんだろうなぁ。可愛い、ほんと、うちの海賊船は船長までもが可愛い。

 …とかなんとか思ったら、遊園地デートで見事に仕返しをされることになった。お化け屋敷で涙目になったわたしを笑ったり、ジェットコースターで上げてしまった奇声を馬鹿にされたり、ローを酔わせたろうと思って乗り込んだコーヒーカップも、逆にローにぐるぐる回されてわたしが死にそうになったり。なんだかローの遊園地の楽しみ方が若干間違えてる気がするけど、まぁローが楽しそうなのでよしとする。わたしも、別にマゾヒストな訳じゃないけど、ローと遊園地で遊べて楽しいのは事実。しあわせ、っていうのかな、こういうの。うん、わたしはすごくしあわせだ。素敵なテーマパークを、大好きな人と歩けるわたしは、しあわせ者、だ。ちゃんと言えて良かった、一緒がいい、って。

 日も暮れて、星が瞬き始めるころ。そういえば集合時間とか全然決めてなかったことを思い出したけれど、今乗っている観覧車を降りたらどうにかしようと結論付けて、意識を外の景色に向け直す。まーるい部屋みたいな構造のゴンドラ内は、シャボンで出来ているということもあってどの方角の夜景も見渡すことが出来る。ゆっくりゆっくり、遊園地の喧騒が下へと遠退いていく。人の波が米粒の洪水みたいになって、照明はまるで星のよう。ローも隣で、いつもみたいに偉そうな座り方をしながら夜景を眺めていた。この人にも一応きれいとか感動とか、そんなことを思える部分があったんだね。…いや、意外と世界を見下すとは気分がいいぜ!みたいな魔王的なこと考えてるのかも。ちらり、と思考の読み取れない彼の横顔を見ると、突然彼が下の方を景色を、そっちを見ろとばかりに顎でしゃくった。何か見えたらしい。彼の気を引いた景色が何か気になって、必死でそっちの方向に目を凝らす。
 どんどん小さくなっていく景色の中に、確かに、オレンジ色の集団がいた。その中央で、周りのオレンジ色よりも一回り大きな白いもふもふがこちらに向かって腕を振っている。あ、れ、ベポだ!っていうか、みんなだ!ゴンドラ内のシャボン沿いにぐるりと部屋を囲むソファに沈めていた体を慌てて起こして、大きく手を振る。今度はみんなも振り返してくれた!わたしたちのことも見えてるんだ!

「ほら、ローも手とか振ろうよ!」

 振っていた手を止めて、船長であるローにも手を振るように促してみる。こんなところからローが元気いっぱいに手を振ったら、すごく面白い画になるに違いない。そんな期待を込めてローを見たら、ローがニヤリと笑った。…この笑い方を目にして嫌な予感がした時には、大体既に手遅れ。身構える暇も無く、ローが蛇みたいな俊敏さでわたしの頭を捕まえて、びっくりして口をつぐんだ瞬間を見逃さずに、私の唇に彼のそれがぴったりと重なった。眼下の景色の中で、うちの船員達が「あーっ!!」って声を上げたのが聞こえた気がした。ちょっと、まって、ロー!みんな見てるよ!っていうかそれを狙ってしてるのこれ!?なんて性格の悪さ!

「…ろ、ローっ…!」
「こういう時は黙ってるモンだろ、


 息も混じりそうな距離で、真っ赤になったわたしの顔を見ながら、ローはひどく意地悪に目を細めて笑った。夜の闇、光る星、輝く月、煌く街の明かり。そんなローには似合わなそうなきらきらしたものを背景にした彼は、恐ろしいほどそれらを味方につけている。簡単に言えば、夜景がローに似合いすぎているのだ。ああ、こんな時にまでかっこいいなんて、卑怯にもほどがある。だって、どんなに恥ずかしくったって抗えない、じゃないか。

 今度はしっかり目を閉じて、ローの体温を唇で受け入れた。
 このまま観覧車が回り続ければいいのに。ほんと、色んな意味で。



愛し君と共に在れば、 娯楽



(遊園地でハシャぐキャプテンが想像できなかった結果がこれだよ!)
(80000打感謝リクより、ローとシャボンディパークでデートするお話でした!)
(KANさま素敵なリクエスト有難う御座いました!すごく遅くなってしまってすみません…!//2009.07.29)