「ほら」
差し出された料理とぶっきらぼうな声。
はそれらにデジャヴを覚えながらも、視界に滑り込んできたそれをじっと眺めるのみで受け取ろうとはしなかった。大きめの浅い皿には肉料理ばかりが盛り付けられ、中央に盛られた米にはフォークが突き刺さっている。
料理を見つめるだけの銀色の頭を黙って見下げ続けていたマルコだったが、早々に諦めて溜息を吐くとの横に腰掛けた。ベッドが2人分の重さに悲鳴を上げる。天井から吊るされた電球が揺れると、部屋中の影が躍るように揺れた。
「毒が入ってねェのは、もう分かってんだろい」
マルコの声を受け、は自分の手元へと視線を落とす。
「……俺はもう、お前らからの施しは一切受けない」
静かで冷淡だがどこか芯を感じさせるの物言いで、マルコは彼女が本気で“施し”を嫌がっているのだと悟る。形や理由はどうあれ彼女もこの船で生活することになったのだ。むしろ船長がここでの生活を勧めているようなものなのに、少しくらい警戒を解くかと思いきや全くの逆である。マルコは一度手元の料理たちに視線を投げてから、の横顔を見下ろした。
「随分頑なだな。…何か理由でも?」
「俺は…、…ただ小船を奪うだけだ」
の唇が微かに空白を刻んだのをマルコは見逃さなかった。そして同時に、ここまで敵意がないと示し続けているにも関わらず警戒され続けているのには何か理由があるらしいと確信する。それは相手が天下の“白ひげ”であることに理由があるのか、“海賊”だから警戒し続けるのか、それとも人を信じられなくなるようなトラウマでもあるのか。
マルコは狭い小船の中で屍のように横たわっていたの姿を思い出し、そこから連想するような形で、エースにボコボコにされて苦しむ先刻のの姿を思い出した。良く見れば服もそのままだ。包帯らしきものが巻かれているような様子も無い。
「お前、治療は?」
「必要ない」
「かなりボコボコにやられてたじゃねェか。何強がってんだよい」
エースが微妙に手を抜いていたとは言えど、あれに殴られたら大の男でも涙目になるだろうし痣だってできる。はそれを日が暮れるまで受け続けていたのだから、体中が痣で真っ青に腫れ上がっていてもおかしくはない。むしろそうなって当然である。
治療すらも彼女の言う“施し”のうちに入るならただのヤセ我慢だろうとマルコは薄く笑うが、がさっさとシャツを脱いで見せた白い体には傷ひとつ、痣ひとつ残されていなかった。胸元に巻かれたさらし代わりの包帯に残る赤茶けた血の跡と真っ黒な焦げ跡だけが、辛うじて先程の喧嘩の爪痕として残っているぐらいである。
「治療は必要ないんだ」
淡々と言い、は再びシャツを羽織る。風呂の時にも思ったがこの少女には恥じらいと言うものは無いのかと少々複雑な気持ちになるマルコだったが、今気にすべきはそこで無いと思い直し、へと質問を投げかけた。
「悪魔の実か?」
「……そうだと思うなら、それでいい」
肯定も否定もしないあやふやな回答。マルコは巡らせかけた思案を中止し、再び深々と溜息を吐いた。
「…まァ、お前の能力はさて置き、だ」
てっきり驚かれるか目の色を変えられるかと思っていたがマルコに話題を“さて置かれた”ことに驚いて思わず彼を見上げると、料理の盛られた皿が目線の高さにズイッと差し出された。ふわり。なんとも言えぬ良い匂いが鼻腔をくすぐる。
「食えよい」
「………」
その料理越しに見たマルコの真顔がなんだかシュールだったが、ここで笑うほどの警戒は解けていない。
マルコは漸く交じり合った視線を逃すまいと真っ直ぐにを見つめながら、真剣な声音でこう諭す。
「施しだのなんだの言わずに、もっと単純に考えろ。
このまま何も食わずに体力ばっか磨り減らして、エースに勝てるとでも思ってんのか?」
顔を俯けて口を閉ざしたに、マルコが畳み掛けるようにして言葉を続ける。
「アイツはそんな甘っちょろくねェよい」
「………」
自身、そんなに甘い相手ではないことは骨身に染みてよく理解していた。まるで歯が立たなかった。忘れかけていた筈の絶望感さえ覚えた。体術だけであれだけ強いのに更にはメラメラの実の能力者だなんて、相手はこんな状況でなければ絶対に敵にしないどころか関わろうとも思えないレベルの男である。それを倒さねば自分はここから発つことが出来ない。しかしこのままではエースには勝てない。彼を倒すためにはどうしたらいいのか。
強く、なるしかない。
は顔を上げると黙って皿を受け取り、フォークを米から引っこ抜く。それを肉料理に無造作に突き立て、ためらいなく口に運んだ。随分ぶりに口にした肉料理は味付けが濃く、肉独特の臭みがあり、そして何よりも美味だった。もぐもぐと消化を始める彼女の頬に微かな紅色が差したような気がしたのはマルコの目の錯覚では無さそうだ。
「…味はどうだ?」
「………い」
「ん?」
もごもごしていたせいで聞き取りにくかったが、うまい、と答えられた気がした。初めて素直な彼女自身の気持ちを聞いた気がして、マルコはもう一度とばかりに聞き直す。は僅かに上機嫌になった表情を些か慌てたように無表情に塗り替えると口の中の物を飲み込み、はっきりとした声音で答えた。
「……悪くない」
なるほど、根は素直なのか。いくら取り繕っていても所詮はただの子供らしい、と気がついたマルコは堪えきれずに喉の奥をくつくつと鳴らして笑い出してしまう。は眉根を寄せて不機嫌を満面に出して見せるが手は素直に料理を口へと運び続けており、その光景は更にマルコの笑いを誘った。何がそんなに面白いのか分からないは黙って飯を食い続けている。もぐもぐ。もぐもぐ。
「そうか。そりゃァ何よりだよい」
マルコが手を伸べての銀色の髪をぐしゃぐしゃと撫でる。それは色から連想されるイメージよりも冷たくは無く、きちんと人間らしい体温を滲ませていた。更にの眉間に皺が寄るが今は咀嚼で忙しいので彼の手を振り払うことも出来ず、されるがままである。は黙ってその手が退くまで待ち、口の中の物を飲み込み、こちらを見つめながら薄く笑っているマルコを改めて見上げた。
「…お前、暇なのか」
「うるせェよい」
がっ、との足に軽い蹴りが入る。そうしながらも人の咀嚼している様を観察してるってことはやっぱりコイツ暇なんだろうな、とはぼんやり考えながら、黙々と肉料理を口の中へと押し込み続けた。