ヒーローはヒロインに花束を手渡して、ヒロインは彼に熱烈なハグ。のちに、キス。
 絵に描いたようなラブストーリーを締めくくるのは毎度お馴染みの無機質なエンドロール。
 かわるがわる流れる挿入歌に耳を傾けながら画面上方へと消えていく文字を目で追っていると、私の座っているソファが左側に傾いた。その傾きに身を委ねてそちら側に体をぽてりと倒すと、たくましい肩に頭が乗っかった。彼はそれを跳ね除けるでもなく、肩を抱いてくれるでもなく、なんとも無反応だ。今観てた映画のヒーローなら、肩を抱いて熱烈なキスの一つぐらい送ってくれるだろうに。所詮はこれが現実ってこと、ね。なるほど。

「よく飽きないな」
「…なにが?」
「ラブロマンス映画なんてどれも似たようなものだろ」

 レオンはそう言いながら、私がテーブルの上に山積みしたDVDを書類でもチェックするような淡々とした手つきでいじった。ぱたん、ぱたん。山が少しずつ崩されていく。そして最後の一枚をふと手に取ったところで、レオンがぴたりと手を止めた。思わず私はニマリと笑う。するとレオンも、私と同じかそれ以上の悪戯っぽい笑みを唇に乗せる。

「…これは、俺への“あてつけ”だと思ってもいいんだな?」

 私にそのDVDの表紙を見せるように、レオンがひらりとそれを顔の前に掲ぐ。真っ黒な背景におどろおどろしいモンスターの描かれたそれには、真っ赤な血文字で題名が書かれている。『ザ・ゾンビ』。一昔前のレトロな映像がマニアにウケている人気のホラー映画だ。私が思わず声を出して笑うと、レオンにそのDVDで軽く額を叩かれた。

「いたいっ!…あーあ、ゾンビにデコチューされちゃった…」
「それはまずいな。感染してゾンビになる前に息の根を止めないと」

 私を覗き込むように見ながら、レオンが冗談めかして、くつくつ笑う。レオン、それ冗談になってないよ。特にあなたが言うと。
 本当にこの人は強い人だなぁと思う。普通はゾンビなんかに遭遇したらトラウマどころじゃなくなるだろうに。ていうか、本物のゾンビって本当にあんなに腐り落ちてドロドロなのかな。彼の戦った敵が、わからない。私は幸運なことに、フィクションのゾンビしか知らないから。

「ねぇ、レオン」
「ん?どうした」
「レオンは、ゾンビとか…怖くないの?」
「怖いさ」

 さも当然、とばかりに、レオンがしれっと答えた。私は拍子抜けしてしまい、思わずぽかんとレオンの横顔を見つめる。ぱたん、と『ザ・ゾンビ』をラブロマンス映画の山とは別のところに置いてからレオンが私の顔を見る。怖いって言う割にはいつも通りにしか見えない。穏やかな表情だ。綺麗な青い眼を優しく細めた、まるで子供でも見守るような顔。

「…じゃあ、なんで戦ってるの?」

 怖いなら、逃げればいいのに。目でそう語りながら言うと、レオンは首を横に振る。

「俺が逃げたらもっと大勢の人間が犠牲になる。…俺が戦わなきゃならないんだ」

 私の目を見てそう語ったレオンの目があまりにも真摯で、どこか鋭くて、仕事中のレオンはきっとずっとこんな顔をしてるんだろうなとぼんやり考えた。私の知らない、『大統領直轄エージェント、レオン・S・ケネディ』がここにいる。犬と無邪気にじゃれたり、鼻歌交じりにコーヒーを淹れたり、私の仕掛けた悪戯に笑いながら怒ったりするレオンの影はどこにも見えない。どうしよう、こんな話、ふらなきゃよかった。レオンがすごく遠い人に思えてしょうがない。
 彼はまさしく、この世界のヒーローなのだ。

「…でもな、

 私の目に涙が滲んだのを知ってか知らずか、レオンがさっき以上に優しい声で言う。レオンが見れなくて無意識にうつむけていた視線はうろうろと足元を泳ぐ。ソファの上で抱えた膝を、さらにぎゅっと抱き締める。そのままそっと体重を移動して、レオンの肩から頭を引き剥がした。
 すると、今度はレオンの体重が私の方に移動してきた。ソファがぎしりと鳴る。それからふわっとレオンの髪の甘い匂いがして、それからすぐに、頬に柔らかな感触が降って来た。ちゅ、とわざわざ音を立てる辺りに、彼らしさを感じる。

「レオン?」
「俺は、お前を失うことの方が怖い」

 まるで出来すぎたラブロマンス映画のようなセリフだった。むしろ、最近観たラブロマンス映画の中で使われてた気さえするぐらい、レオンの唇から出た言葉は私の心臓をずきゅんと射抜いてしまった。ほっぺどころか首にまで瞬時に熱が灯る。ホラー映画どころかラブロマンス映画のヒーローにもなれちゃうなんてどこまで万能なんだろう、この人は!そんな驚きから、至近距離にあるレオンの顔を見上げる。
 なんと想定外。レオンは、意地悪な顔をして笑っていた。

「お前は本当にこういうのが好きなんだな。分かり易くて助かるぜ」
「………!!」

 うわあ!やられた!
 ぎょっとして目を見開いたら、レオンが声を出して笑った。「お前を失いたくないのは本当だ」ってそんな笑いながら言われても全然説得力無い!ラブロマンスに憧れるいたいけな少女をからかわないでよ!…今の私は、真っ赤なのに不機嫌という器用な表情をしているに違いない。
 でもお腹を抱えて笑うレオンの背中を見たら、なぜかこちらまで笑えてきてしまった。
 花束も無ければ甘い言葉も無いけど、こんなラブストーリーもいいかも知れない。喜劇だって愛があるなら上等だ。こんな私たちじゃ、さしずめコメディ映画のヒーローとヒロインだけれど。



 ダーリン、愛してあげようか 


(不安なキミへ、厚意のキス(題名はGeorge Boyさまより)//2010.02.09)